教育的であることになる

幼児たちにとって

いつデパートへつれて行ってくれるかな、お母さん。こんどの日曜がいいや食堂でお子様ランチを食べよう。あのランチ、ハタが立っている。あれ食べよそのとき先生がA君をさした。デパートです」先生はふき出した。2+3がデパートとは前代未聞。さんにも言っとかなくちゃ、と先生は考える。

これが算数音痴、算痴というやつだな。ブラスイコールそのうち、お母さんが学校へ行くと、先生から宣告される。2+3デパートと言うようでは先が思いやられる。理科系へ進むのはあきらめた方がいいでしょう。お母さんは、恐縮しながら、そう言えば、わたしも学校のとき算数、数学ができなかったし、親の何とかが子にむくいたのかしら、と思って帰ってくる。

子どものよい面を発見して認容することであり


幼児の成長に欠かせない脳の各機能についてお話します

その言葉は母乳に匹敵するようなはたらきをする。たびたびくりかえして恐縮だが、私はそれを母乳語という名で呼んでいる。お母さんはこの母乳語の先生でなくてはならない。それをご存じなくて、赤ん坊を生んでしまう母親がいかに多いことか赤ん坊が言葉を覚えるのは、繰り返し聞くことによる。お母さんは、赤ちゃんがわかろうとわかるまいととにかく赤ちゃんにたえず話しかけていなくてはいけない先生だから、それくらいのことは我慢するだいたい女性がおしゃべりにできているのは、赤ん坊の言葉の先生になるための素質として大切だからである。

しつけは父親にもできると言ったが

先生が口をきいてくれなくては教材不足。赤ちゃんは覚えようにも覚えられない。それではいけないと神様は、あらかじめ女性をおしゃべりになさった。だから、おしゃべりの才能は誇っていい。うことを考えなくてはならない。ただ他人の棚おろしなどだけに使うのは、神の摂理にそむくとい母親は目に見えるもの、赤ん坊のしていることについて、いちいち、言葉を出す「ワンワンがきましたね」「おむつをかえましょうね「おはながきれいですね」「おとうさんのおかえりですよ」あまり考えなくてもいい。


子どもに無理をさせた覚えはありません

伸びを妨げる

そして二週間後には、母親が少しぐらいいなくても泣かなくなりました。まったく別人のような表情になってきたのです。そのあと一年半後に、骨盤を切る手術をしたのですが、もうまったくぐずることはなくなっていました。れどころかいつもにこやかでききわけがよく、治療のしやすい子どもになっていました。それからさらに三年がたち、先日五歳になって外来へ来ました。

育てたかったら


幼児の気持ちは徐々に満たされていきます

楽しそうに、しっかりしたにこやかな目っきで私とかかわり合い、何の緊張も不安も恐怖もない様子です。あの手におえなかった、やんちゃな子どもが変身したのです。この子は股関節が脱臼していたおかげでこころが救われたのだなと、私はひそかに思いました。そしてそのお母さんの笑みも、母性的ですばらしくなっていました。すべての経過を知っておられる、あの時のおじいさんもついてきていました。

  • 幼児の未来は大きく異なるんです
  • しつけができなくなってしまいます
  • 目が離せない-ということが条件になりますそれゆえに昔から幼児を